ANA国内線【PR】
なにげなく なんとなく ゆっくり すすめば いいぢゃない ~Kuramotick' Cafe Time~
Krmcyk.exblog.jp

kuramochi Yukoが写真と文章で綴る独り言ギャラリー。パンダは本物です!

by yuko_kuramochi
Profile
20代最後で脱サラし、夢があってシンガポールで生活を始めました。何かと新鮮な毎日です。

大学生の頃、友人が「やりたいことがあれば年齢なんて関係ないよ!」と言っていたのを支えに勢いでここまで来てしまいました。

何歳になっても夢とチャレンジする心を持ち続け、成長し続けられる人間でいられればいいなぁと思っています。

【好きな事・物】
●とにかく旨い食べ物&お酒
これにつきます。
●カエル
カエルグッズ集めてます。
●沖縄
今回の長旅も最後は沖縄で締めたいです。
●東南アジア
シンガポール在住です。これからちょこちょこ周辺諸国にもいければいいなと思っています。
●Art全般
心の栄養です。
●スポーツ 
ランニング継続中!次はカンボジアマラソン目指してます!
ネガティブな自分もちょっと好き

【嫌いな事・物】
●廃人な時の自分
もう手に負えません

【マイブーム】
●ランニング
●フードコーディネート

やっぱり食べる&動くのがすき!


カテゴリ
以前の記事
ライフログ
検索
お気に入りブログ
ブログパーツ
ファン
XML | ATOM

skin by excite
さくら

# by yuko_kuramochi | 2012-04-17 18:25 | Gallary | Trackback
感じるココロ

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ



茨木のり子
「自分の感受性くらい」より



ちょうど1年前、
それまで5年間勤めた会社を辞めた直後
本屋で立ち読みしていた旅雑誌に
この詩が載っていて「はっ」とした。


頭からすっかり消えてしまっていた詩だったけど
学生時代、書道の作品にしたこともある詩だった。


好きな事をやりたい
自分らしく生きたい


それまで社会で築いたものを
すべて放り出した言い訳はたくさんあったけれど


「失っていくものを守りたい」
というのも一つの大きな理由だった


それは、
そのままもっと時間が経過していたとしたら
失ってしまった事にすら気がつかないような
何か繊細なものであることは分かっていた


だからこそ
社会人としての日々の暮らしの中で
それを失って行く事が不安でならなかった


小さな事に不満を抱く自分も
人を思いやれなくなっていく自分にも
割り切ることを受け入れて
目の前にあるものに対してさえ熱意を失っていく自分にもうんざりだった


大切なものを感じる心


それを「感受性」と言ってしまうのは
あまりにもダイレクト過ぎて
(だから私は、初めて上記の詩を読んだ時、大きな衝撃を受けた)
不完全な自分には使うにも烏滸がましい気持ちになるのだけれど

数年ぶりにこの詩と再会した私は
「ああ、これだったか」と妙に納得した



そこから、気ままに旅して回った一年間


自らの意思で決めた行き先で新しく出会った人びとや景色
楽しみ、喜び、感動、悲しみ、寂しさ、憤り、涙

様々な感情の入り交じった体験から
失ったもの以上に得るものの多い一年だったということは
自分を納得させるための言い訳ではない


形あるものを削り
形ないものを得ている今の生き方の先に
どんな未来があるのかなんて分からない


それでも、分かった事が一つだけ。



0になった瞬間に広がる世界がある





恐れず進もう
未知に触れよう


全身で感じる新しい世界の中で
自分の中の常識が崩れた瞬間


そこに広がる視界の先に
見えてくるものがあると信じて





# by yuko_kuramochi | 2012-01-18 14:40 | Gallary | Trackback
FLY!
飛んでみなくちゃ

見えない景色があるでしょ。


# by yuko_kuramochi | 2011-09-09 22:36 | Gallary | Trackback
Happiness


色の無い世界でも
溢れでてくるもの



形なくとも
伝わってくるもの



心に感動を
注ぎ込むもの



# by yuko_kuramochi | 2011-08-25 23:03 | Gallary | Trackback
女魂
「こんな時代だからこそ こんな状況だからこそ
 自分にできる事をして 人を勇気づける」

っていうのは、

決して言うほど簡単な事ではない訳で
分かっていたってどうにもならなくムズムズしてたりする。

時が経つに連れて、薄れてきていたものだってある。

そんなタイミングだったからこそ余計に
彼女らの姿は「完璧」なものに見えた。

本当にめっちゃカッコいい。

なでしこJAPAN、バンザイ!!



日本中に勇気を与えた「なでしこJAPAN」の活躍をニュースで見ていて、ふと
「女魂」
という言葉が頭をよぎりました。

それは、大学時代、書道サークルに所属していたときに作品で書いた言葉です。

実際には、仲の良かった友人と2人で合作したもので
友人が「大和撫子」という「三日月」をイメージした繊細な作品を書き、
私が「女魂」という「太陽」をイメージした力強い作品を書いて
それぞれの文字を白いTシャツにプリントし作品として展示したものでした。

どんな作品を作るか2人で考え、
日本人女性の持つ(というか早稲女の持つ、、、)
「繊細さ」と「強さ」を表す作品にしよう!とテーマを決めた記憶があります。

思えばまだまだ若娘だったあの頃から
ただ繊細なだけでも、そしてただ強いだけでもない
2つをバランス良く併せ持つ日本人女性というものに
漠然とした憧れを抱いていたのだと思います。

そして、今回のなでしこJAPANの活躍の中に
まさにそんな理想の姿を垣間見たのでした。

というのも、
私はサッカー専門家ではないので詳しい事は分かりませんが
スポーツだってただ「強い」だけでは勝てないものだと思っています。

それはたとえば
相手の動きやチームメイトの動きを読む、といったようなテクニック面においても
あるいは
試合に負けて悔しいと思い、次へのエネルギーに変えていくといったような精神面においても
“感じ取る”ことのできる「繊細さ」が必要なのだと思うからです。

何より、
今の日本にとって「ここ以外にない」というタイミングで優勝を手にしたことが
日本人だけでなく、世界中の人々にどれほどの感動を与えたか。

彼女達の「魂」、そして彼女達と同じ日本人女性であることを
おこがましくも誇らずにはいられない気持ちなのです。

今の日本は、海外にいる私が想像する以上に大変な状況なのだと思います。

そんな中、今回のなでしこJAPANの活躍を見て
人それぞれの勇気・元気の与え方というのがあるんだから、
月並み以上の事は思い浮かばないけれど、
「やっぱり私も頑張らないと!」と改めて思い直したのでした。

さて、掲載したのは当時書いた作品です。

これを書いたのは20〜21歳くらいだったと思います。
まだまだ若かった私たちも、今年ついに三十路を向かえることになりました。
(正確に言うと私にはまだ50日くらい猶予がありますけど、笑)

今となって見てみると、
やはり理想とするような「女魂」を表現するには
線がまだ細く、味わいも浅く、面白みにも欠け、
当時の未熟さがそのまま現れているような作品だなぁ、と思います。

サークルを卒業して以来
筆を持たなくなって久しいですが
今ならもっと深みのある線がだせるかしら?

なんて、
最近もっぱらカメラというデジタルな表現手法に逃げていた私ですが
久々に筆を持ってみたくなりました。

そして奇遇にも、今月末にはまさに作品を一緒に手がけた友人が
シンガポールを訪れにきてくれる事になっています。

色々な事を経験して今に至る私たちが
どれくらい理想の日本人女性に近づいたか

そして今もなお褪せる事の無い
「繊細さ」と「強さ」への憧れについて

思い出話に花をさかせつつ
シンガポールの夜景を背景に
語り合うのを今から楽しみにしています。



それにしても

「女魂」

とは。

男性が見たら
「およ」と後ずさりしてしまうかもしれないような逞しいワードですが
今の自分にとっては、勇気の湧いてくるお気に入りのワードです。
# by yuko_kuramochi | 2011-07-21 17:59 | Gallary | Trackback
Beach Boys
2011.1 @Langkawi

夕焼け色に染まったランカウイの海では
ジェットスキーに乗った若者のシルエットが美しく映えていた

勢いよくしぶきをあげながら
絶え間なく押し寄せる波と戯れる姿に
ただただ見とれるばかりであった



ランカウイ島のビーチを歩いていると
そこでパラセイリングやバナナボート、ジェットスキーなどの
ビーチスポーツを旅行客に提供している
現地のビーチボーイズ達と知り合いになりました。

彼らは特にしつこくサービスを押し付ける事も無く
「ここに座れ」と言ってビーチパラソルの陰に私を座らせてくれ
時折目の前を通り過ぎる欧米人の観光客に対してゆるゆると仕事をこなしながら
暇な時間には私にマレー語を教えてくれました。
Friendly& Funny そんな印象の人たちでした。

その中に、私と同じ年のパラセイリングボートのキャプテンがいました。

彼は、17歳の頃から12年間、
パラセイリングを引っ張るボートを運転して
生計を立ててきたのだという話でした。

ランカウイに滞在する最後の日
私はパラセイリングをひくボートに乗せてもらいました。

風の流れ、波の動き、パラシュートの位置を読みながら
微妙にスピードやコースを調整してはいるものの
12年間で彼は何周このコースを回ったのだろう?
そしてこれから何周このコースをぐるぐると回り続けるのだろう?

12年間、彼が見続けてきた世界の一部を垣間見させてもらいながら
ふとそんな疑問が頭をよぎりました。

今、同じボートに乗っている私と彼の過ごしてきた
29年間という同じだけの時間の全く異なる使い方に思いを馳せたとき
「人生」というものが誰にとっても唯一無二であるという当たり前のことに
ある種の不思議を感じたのでした。

夕暮れのランカウイのビーチにやってくる
たくさんの子供たちを見守る彼のまなざしは
ランカウイの海のように穏やかで優しく
この土地に生きることの豊かさを静かに物語っていました。

旅とは
同時並行的に進行しているいくつかの人生を時に交差させ
日常当たり前のように感じ過ごしてしまっている事を
改めて気付かせてくれる大切な刺激なのだと思います。
# by yuko_kuramochi | 2011-02-27 12:48 | Gallary | Trackback
少女
少女は時折
既に何かを悟ったような表情で
じっと遠くを見つめていた

その表情のあまりの深さに
私は胸が締め付けられるような思いさえした

彼女は今日もあの小さな食堂から
時折遠くを眺めているのだろうか




2011年1月
短期でしたがタイのプーケットで食堂のスタッフとして働かせてもらってきました。

食堂のスタッフはオーナを含めて3人。

そのうちの一人がミャンマー出身の13歳の少女でした。

彼女は13歳とは思えないくらいテキパキと働き
そして13歳とは思えないくらい大人びた
どこか哀愁のある表情で
ときに食堂の外をじっと眺めているのでした。

私は食堂の隣のカーテン屋さんにホームステイをさせてもらっていました。
カーテン屋さんにもまた10歳の娘さんがいて学校に通っていました。
とても賢いお子さんのようでした。

私がホームステイをしている最中にたまたまタイの「子供の日」があり
私は午前中の食堂の仕事を休んで
ホームステイ先の子供と「子供の日」のお祭りにでかけました。

午後、食堂に戻ると
いつもとかわらず少女はもくもくと働き
そしてやはり時折遠くを眺めているのでした。

ある夜、私はホームステイ先の子供とナイトマーケットにでかけ
小さなピアスを買って帰り、食堂の少女にプレゼントしました。

少女は「ソーイ、ソーイ(きれい きれい)」と言って喜び、
最後に小さくそして優しい声で「コップンカー(ありがとう)」と言ってくれました。

翌日、少女は
決して多くないであろう彼女のお小遣いで
私にコーヒーをごちそうしてくれました。
その冷たく甘いアイスコーヒーはプーケットの暑さに参っていた私の身体に
優しく染み込んでいきました。

食堂に出前の注文が入ると
私は少女を自転車の後ろにのせて
少女の指示に従って自転車を漕いで作り立ての料理を運びました。

でこぼこ道に自転車がはずむたび
きゃっきゃと言って喜ぶ少女の声に振り返ると
13歳らしい無邪気な笑顔でいっぱいの少女の顔が
目に飛び込んできました。

誰のせいでもない、抗えないものが世の中には存在します。

遠くを見つめる少女の瞳は
すでにそのことを悟っているようでした。

自分が生きてきた環境が当たり前だと思わないように
私は、いつも心に留めておきたいと思いました。

ごちそうしてもらったコーヒーの味
少女を乗せて漕いだ自転車のペダルの重さ
少女らしくあどけない笑顔
そして、遠くを見つめる眼差しを
# by yuko_kuramochi | 2011-02-10 22:32 | Trackback
風をあびる
2004年のノートより。

「最近、旅のことばかり考えている。
 旅にでたい。旅にでたい。旅にでたい。
 なのに
 目の前には山積みの課題!
 いったい私は何がしたいのだろう。」



引っ越しのために片付けをしていると
部屋から昔のノートが出てきたのでパラパラとめくってみたら
こんなメモが目に飛び込んできた。

こんな事を書いた事なんてこれっぽっちも覚えていなかったし
2004年と言えば大学4年生〜院の1年生くらいで
この頃の旅と言えばもっぱら国内、遠くてせめて沖縄くらいだったけれど
すでにこの頃から予兆はあったのだな、と思った。

むしろ、この頃から中毒になりつつあったのかもしれない。

思わず「なーんだ。」って笑ってしまったくらい。

「旅」に出たい理由はというと
単なる「知的好奇心」に過ぎないのだけれど
初めて訪れる土地において、
その土地とはその時だけの付き合いと言う気楽な関係のもと
自分だけの目に飛び込んでくる景色から流れてくる風を浴びる事は
心底気持ちいいと思う。

**************************************

それにしても私は本当に片付けがへたくそだと思う。

もう何日も部屋片付けをしているけれど
一向に整頓される気配がないのだから。

本当に引っ越しできるのかしら。

ただ、
日頃片付けができない分
こういう風に半ば強制的にリセットすることも
私にとっては必要なんだと言う確信すら感じる
今日この頃でした。

# by yuko_kuramochi | 2011-02-01 21:20 | Gallary | Trackback
門出
今年、インドで眺めたガンジス川の夕焼けは
間違いなく私のこれまでの人生で見た景色の中で最も幻想的で美しく、
地球上のすべての魂を包み込むほどに真っ赤に染まった圧倒的な夕焼け空の中、
私は、自分にとっての不自然の一切を排除して
自分らしく生きるという決心を確かなものとして感じた。



無理な背伸びをして着飾って生きるうちに
いつのまにか心にまで塗りたくってしまった厚化粧を
すべてとっぱらうのだ。

そう、心をすっぴんに。

2010年12月末日

***********************************
2010年12月28日、5年間勤めた会社を退社しました。
辞めるまでの経緯は色々とありましたが
5年の間に、会社で経験したこと、会社以外で経験した事、
様々な出来事で感じたことの影響を受け
自分の中で常に変化して行く価値観と真剣に向き合い悩み抜いた結果
より自分らしく生きるための新しい道を見つけ、その道へと進む決心をしました。

正直、今、私が感じているものは
守られた組織から抜け出した不安以上に
解き放たれた自由への喜びです。

もちろん、会社ではたくさんのことを学び、得る事ができました。
それこそ、ビジネス的なことからすばらしい人間関係まで様々です。

商品企画という、願っても無い「物創り」の仕事に就き
多くの商品をお客様のもとに届けることもできました。

ただ、思い返せば、22歳で初めて沖縄へ一人旅をしたあの頃から
自分の本質と現実とのギャップにうっすら違和感を感じており
コンプレックスを乗り越えたくて選択した会社のなかで
ますますそのギャップによるひずみが大きくなってしまった、というのも事実です。

これはすべて自分の内面の問題と確信しています。

時が経つに連れて失われて行く、
実体のない、それでいて自分にとってとても大切であろうものを守りたい。
失っている事にすら気がつかなくなる前に。
そんな気持ちも強くあり至った、1つの結論です。

不景気と言われるこんな時代にこんな贅沢な決断をしたことを後悔しないためにも、
これからはこれまでの出会いと経験、
そして今回の決断を応援してくれている皆さんの温かい言葉を糧として
今まで以上にがむしゃらに頑張って行きたいと思います。

滞ってしまったブログもまた再会し
インド報告はじめ今後のことも、
少しずつ、感じた事を、素直に、書き記していればと思います。

今年は変化の多い年となりましたが
この数年間の中では最も充実した年となりました。

どうもありがとうございました!

また来年もよろしくお願いいたします。
***********************************
# by yuko_kuramochi | 2010-12-31 21:48 | Diary | Trackback
インド旅行〜成田出国→デリー到着編〜
入社以来、日々追われ続けている仕事に加え
4月から通っていたフードコーディネーター養成スクールの卒業課題もあり
連日寝不足の中でなんとか直前にインド行きの身支度をした

とにかく、
テッシュペーパーと薬品類
そしてお金とパスポート
これらだけは忘れないように
あとは現地調達でなんとかなるだろう

これまでどんなアジア旅行でもかならずトランクで旅していたが
初日以外の宿泊先を決めていないインドにおいて
引きずらないと運べないトランクで旅するのはなんとも効率が悪い

そこで、
いつかバックパッカーとして旅をする日を夢見て
富士山に登るときに購入した旅でも通用するような大きめのバックパックに
思いつく限りの、そして最小限の荷物を詰め込んだ

飾り気の無いTシャツとパンツ、そしてサンダルとバックパック。

とてもじゃないけれど化粧品会社OLとは思えない
みすぼらしい旅人姿の自分に多少の恥じらいもあったが
いよいよ本格的なバックパッカーの仲間入りを果たしたということに
本当の事を言うと「こっちの姿の方がずっと自分らしい」という
解き放たれた感情の方が大きかった

成田発デリー行きのJAL便に乗りこみようやく自席で一息つく
あまりに慌ただしくしすぎたせいか
これから自分がインドに行くという実感がいまいちわかない

インドへの飛行時間は7時間半

「書道ガール」と「sex and the city2」を見て
地球の歩き方で最後のインドの予習をし、
寝不足を解消すべく、うとうとしているうちに
あっという間にデリーに到着した。

正式名称をインディラガンディー国際空港というデリーにある空港は
11億人の人口を抱えるインドに着いたというこちらの感慨に反して
思いのほか閑散としており、また思いのほか清潔に整備されていた

到着ゲートを目前に気を引き締める

地球の歩きかたに書いてあった体験談の中に、
「事前にホテルの送迎を頼んだら
 到着ゲートに4人くらい自分の名前を書いたプラカードを持ったインド人がいて
 仕方なく一番それっぽい人に着いていったら怪しい旅行会社に連れて行かれた」
ということが書いてあったからだ

「4人上等。かかってこい。」
と無理矢理自分を強気にさせて、思い切って到着ゲートを出た

するとそこには
私の名前を書いたプラカードを掲げたインド人が何人もいて
早速インドの騙しの壁にぶち当たった、どころか、
私の名前を書いて待っているインド人など1人もいなかった

ある意味想定外の事態にあたふたし
日本人の到着を待つインド人ガイド達の前を何度も何度も往復しては
自分の名前が書かれていないか確認したが
やっぱり自分の名前を持ったインド人は見当たらない

「運転手が見つからなかったら電話をください」
というラジェンダさんからのメールをふと思い出し
教えてもらった電話番号にかけてみるがうまくつながらない

到着ゲートをうろつくこと20分。
もう一度探してみていなかったら
諦めて流しのタクシーでも捕まえようと思った矢先に
自分の名前が書かれたプラカードを持ったインド人を発見した

約束の時間に現れなかった事を悪びれもせず
「こんにちーはー」と笑顔で繰り替えす陽気なインド人の送迎のおじさんが
「うちの車はスズキの車だぜ」というのでどんなもんかと思ったら
「何年前の車やねん」と突っ込みを入れたくなるくらいおんぼろの車だった

送迎車が空港を出る
次第に交通量が増え街が騒々しくなっていったことから
デリー中心地に向かっているんだという事が何となく分かった

ホテルに行くまえに
「シゲタトラベル」のオフィスに立ち寄って列車のチケットを受け取り
2万円分の両替を済ますことになっていた

が、ここが「シゲタトラベルだ」と言われてぶっ飛んだ。
「シゲタトラベル」はニューデリー駅の近くにあるはずなのに
その駅前の様子と言ったらどこもかしこも工事だらけ。
瓦礫の山、垂れ下がった電線、廃墟のように立ち並ぶビル。

これがニューデリー?
へんなところに連れてこられたんじゃないの?と一瞬運転手を疑うが
建物の中には確かに事前にネット上で拝見したラジェンダさんとおぼしきおじさんが
日本人旅行客相手に話をしている。
間違いなさそう・・・

事前の丁寧極まりないメールのやり取りとは裏腹に
実際のラジェンダさんはかなり無愛想な感じだったが
変に愛想良く振る舞わないそのまじめそうな人柄が
返って信頼できるものに思えた

ラジェンダさんは、親切にも
「明日バラナシに行く前にデリーを観光するのなら
うちに荷物を預けていってもいいよ」と勧めてくれた

ホテルに向かうため再び送迎車に乗り込む

次第に日が沈みつつあったデリーの町中は
渋滞の車のクラクションと、その間をすり抜けるたくさんの人間と
我が物顔で道を突っ切る野良犬とで埋め尽くされていた

「カオス」

そんな単語がぴったりの
引っ掻き回された蟻の巣のような何の流れも見いだせないデリーを目の当たりにして
めげそうになる自分がまったくいないでもなかった。



# by yuko_kuramochi | 2010-10-09 22:59 | Diary | Trackback
< 前のページ 次のページ >